ドイツ語・ドイツ語圏文化あれこれ

ドイツ文化とドイツ・青春の旅路 II

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クリスマスの時期の建物

ドイツはやはり自分にとっては思い入れが深い特別な国です。ドイツを好きに旅行できるとしたら、行きたいところが多すぎて迷います。ベルリンはやはり現代ドイツの中心都市として、新しい統一後のドイツの首都として、過去と未来が複雑に交差する激動の20世紀ヨーロッパの息吹を残している場所でもあります。

ドイツで最も好きな都市として候補を選ぶとしたらベルリンが最先鋒でしょう。ベルリンのフィルハーモニーホールは音楽ファンの聖地です。かつては西ベルリンの端にあったこのコンサートホールも東西統一によってポツダム地区はベルリンの中心地へと発展しています。ベルリンのランドマークにもなっているベルリン・タワーはテレビ放送塔ですが、現地では単にFunkturm(放送塔)と呼ばれています。旧東ドイツがその経済力を誇示するために建て、365mの高さは当時の西ドイツ、シュトゥットガルトにあった放送塔を凌ぐものでした。しかしそのデザインはどこか無機的なものが感じられ、あまり好きではありません。かつて東西分裂時代、ベルリンの中央駅は旧東ドイツの鉄道と旧西ドイツの連邦鉄道が混在していました。ユーレイルパスを有効化するのに、間違って東の窓口の大行列に並んだところ、やっと回ってきた順番で女性駅員に「なにこれ?ここじゃないでしょ」と言われ突っ返されたことがありました。場所を聞いたところヒステリックに「知らないわよ」と言われ、やっとのことで見つけた西の窓口は全く雰囲気が違い、混んでもいなくとても丁寧な対応を受けたことがありました。社会主義と民主主義のサービスの違いをわずかの時間で体現できた貴重な体験だったかもしれません。

ドイツの旅の想い出としては、ハンブルクがあります。8月の午後に鉄道の旅で乗り換えのために途中下車したのですが、突然の夕立に会い、ものすごく冷え込んだことが思い出されます。夏の装いの街が、一気にレインコート姿の人々が行き交う風景に変化したのも驚きでした。

ドイツ、オーストリアはクラシック音楽の世界では多くの作曲家が活躍しています。なかでもシューベルトの功績は大きいです。世代的にはロマン派の作曲家の枠に入れられていますが、その音楽作品はウィーン古典派の色彩が強くなっています。交響曲の分野でも7曲を完成させ、6曲ほどが未完成ですが、そのうちのロ短調の2楽章までしかない作品は、その美しい旋律に「未完成交響曲」としてあまりにも有名です。ドイツ文学には激動の時代を反映した作品が数多くあります。新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」をゲーテとともに展開した中心人物はシラーですです。シラーの歴史劇『ヴィルヘルム・テル』はロッシーニによってオペラ化(『ウィリアム・テル』)されています。詩人としてのシラーも大きな存在で、その作品は非常に精緻、優美であるといわれ「ドイツ詩の手本」として現在までドイツの教科書に掲載されています。

ドイツはサッカーの強豪国でワールドカップでも過去に4回優勝しています。ドイツのブンデスリーガ(連邦リーグ)には、アルビレックス新潟から移籍したドイツ日本ハーフ、酒井高徳が在籍していたドイツの自動車工業都市シュツットガルトのVfBシュトゥットガルトなどがあります。岡崎慎司はこのチームに2013年まで所属していました。

ドイツ語はこうした芸術・スポーツなどのみのり豊かな文化の言葉です。


ドイツ・黄昏の旅路 II

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ローテンブルクの街並

ドイツについて語るなら、それなりに尽きないものが多くあると思います。ドイツといえば一番強く思い出される都市はどこでしょうか。ベルリンはやはり現代ドイツの中心都市として、新しい統一後のドイツの首都として、歴史の重みと未来への期待が均衡を保つ激動の20世紀ヨーロッパの遺産を残している場所です。

ドイツと言ったらどこの都市を思い浮かべますか?と聞かれたらハンブルクもその一つです。かつてのハンザ同盟の中心都市であり、2017年7月7日-8日には市内で第12回G20首脳会議が行われたています。ビートルズ縁の場所としても知られ、その雰囲気は感慨深いものがありました。

ドイツで貴重な体験をしたと感じるのはハンブルクでのことです。8月の夕方、リューベックへ向かう途中で列車を乗り換えたのですが、霧が立つような夕立にあい、真夏なのにものすごく寒い思いをしたことがあります。地元の人はだれもがレインコート姿なのに驚きました。

ドイツはクラシック音楽の本場ともいうべき音楽文化大国で多くの作曲家を生み出しています。その代表的存在にベートーヴェンがいます。古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされ、後世の音楽家たちに大きな影響を与えています。協奏曲の分野でもピアノ協奏曲5曲、バイオリン協奏曲1曲、バイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲があります。特にそれぞれの第三楽章においての舞曲的なリズムはバラエティに富んでいて、その多彩さには只々感服するばかりです。ドイツ文学には人間の内面を覗き込んだような作品が多いように思います。ドイツの文豪といえば当時の新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」を展開したゲーテです。教養小説の魁としても知られ、『ヴイルヘルム・マイスターの修業時代』(1796)、『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』(1821年)を残しています。ゲーテは後世のドイツ文学にも大きな影響を与えています。トーマス・マンは晩年に彼に傾倒した『ヴァイマールのロッテ』『ファウストゥス博士』などの長編小説を執筆しています。

ドイツはワールドカップ優勝4回のサッカー王者国で、日本でも人気のあるブンデスリーガには、1967-68に1部リーグで優勝したバイエルン州に本拠を置く、1.FCニュルンベルク(エアスター エフツェー ニュルンベルク、1.FC Nürnberg)などがあります。

ドイツ語はこれらの芸術・スポーツなどのみのり豊かな文化の言語です。


ドイツ語・第一歩からの脱却

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ガーデニング

ドイツという国はどういう国か、たまに不思議に思うこともあります。ドイツで驚かされるのは地方都市の文化が独自であることです。デュッセルドルフはドイツで最も日本と関係が深い都市です。デュッセルドルフには約6000人の日本人が在留していてヨーロッパではロンドン、パリとともに3大日本人コミュニティを形成しています。ブンデスリーガのサッカーチームには伝統あるチーム、フォルトゥナ・デュッセルドルフがあり、2019年にプロ契約を結んだ日本出身のアペルカンプ真大(あぺるかんぷ・しんた)が在籍しています。デュッセルドルフ市内のノルド・パーク(北公園)には大規模な日本庭園があります。

ドイツでもわりと思い出深い都市としてはハンブルクがあります。自由ハンザ都市ハンブルク(Freie und Hansestadt Hamburg)という独特の空気を持つ存在であり、国際海洋法裁判所があります。ナイトクラブがたち並ぶ歓楽街レーパーバーンも港湾都市としての風俗文化が色濃く、そうした意味で有名です。

ドイツでの印象的な光景にはハンブルクで目にして体験した出来事があります。8月の夕刻、インターシティ(特急列車)でハンブルクに到着したのですが、突然の夕立に会い、ものすごく冷え込んだことが思い出されます。街は一気にレインコート姿の人々に溢れ、あたりの急激な様変わりに呆気にとられました。

ドイツの作曲家は多くいますが、ブラームスはその中でも人気で、重厚なドイツの響きともいうべき作品を多く作り上げたことで評価が高い作曲家です。「ドイツ・レクイエム」と言う作品があります。宗教的作品はあまり多くありませんが、通常はラテン語のレクイエムをドイツ語の翻訳を歌詞にして書き上げたことにブラームスのドイツ語への愛情を感じます。しかしこの作品、原題は Ein deutsches Requiem で日本語に訳すときは、「ドイツレクエイム」と訳されていますが、ドイツをまるまる背負っているようなものではなく、「ある一つのドイツ語によるレクイエム」という控えめな訳し方にしたほうがブラームスの本来の意図に近いような気がします。ドイツ文学には独特な世界観で自由を追究した作家たちもいます。ドイツの文豪と言えばゲーテと並んでシラーの名前が挙げられます。彼の戯曲第一作『群盗』はシュトゥルム・ウント・ドラング運動の代表作に数えられています。 ベートーベンの第九交響曲の第4楽章で引用される「歓喜に寄す」でもよく知られています。

ドイツはFIFAワールドカップ4回優勝のサッカー強国で、世界最強の呼び声の高いブンデスリーガには、1967-68に1部リーグで優勝したバイエルン州に本拠を置く、1.FCニュルンベルク(エアスター エフツェー ニュルンベルク、1.FC Nürnberg)などがあります。

ドイツ語はこうした文化・芸術などを生み出した豊かな土壌となっている言葉です。


ドイツ文化・ヨーロッパの哀愁 II

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窓の多い建物

ドイツとの関係はもうかなり長く、数々の思い出もあります。ドイツで最も人気がある都市はどこでしょうか、人それぞれに違いますよね。ベルリンはやはり戦後から未来へ向かうドイツの平和都市として、新たなるドイツの首都として、伝統の尊重と革新の許容が混在する激動の歴史を色濃く残している場所です。

ドイツでもわりと思い出深い都市としてはベルリンが筆頭に来るでしょう。旧西ベルリンは旧東ドイツの中にあった陸の孤島と呼ばれた地区でしたが、統合により現在は首都機能を備えたヨーロッパ有数の最先端文化都市となっています。ベルリンのランドマークにもなっているベルリン・タワーはテレビ放送塔ですが、現地では単にFunkturm(放送塔)と呼ばれています。旧東ドイツがその経済力を誇示するために建て、365mの高さは当時の西ドイツ、シュトゥットガルトにあった放送塔を凌ぐものでした。しかしそのデザインはどこか無機的なものが感じられ、あまり好きではありません。ドイツの伝統的な一面も保ちながら多国籍的食文化も発展しています。ベルリンは世界の料理が集結しているグルメな都市です。

ドイツでの印象的な光景にはハンブルクで目にして体験した出来事があります。8月に鉄道の乗り換えで、滞在時間は短かったのですが、突然の夕立に会い、ものすごく冷え込んだことが思い出されます。街は一気にレインコート姿の人々に溢れ、あたりの急激な様変わりに呆気にとられました。

ドイツ、オーストリアはクラシック音楽の世界では多くの作曲家が活躍しています。なかでもシューベルトの功績は大きいです。シューベルトは初期ロマン派の作曲家という見方をされますが、創作時期にはベートーヴェンの晩年とほぼ重なっていて、様式的にも厳格な古典派の作品が多くなっています。「歌曲王」の冠を戴く彼の作品はゲーテやシラー等の文豪の詩の世界に新たな息吹を与えたものとして、芸術的に高い評価を受けています。ドイツ文学の世界は地味だが奥深い作品に溢れています。新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」を展開した中心人物はゲーテです。小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残しています。ドイツ語文法などを編纂しドイツ近代言語学の祖としても知られる『グリム童話』のグリム兄弟の兄ヤーコプ・グリムが主筆した『ドイツ語辞典』にはゲーテの全作品からの引用がとても多いことが知られています。

ドイツはW杯優勝4回のサッカー大国としても知られ、世界最強を誇るブンデスリーガには、1967-68シーズンにリーグ制覇、DFBポカール(ドイツカップ)で4回優勝し、清武弘嗣(2012-14)、 金崎夢生(2013)、長谷部誠(2013-2014)、久保裕也(2018-2019)が在籍していた1.FCニュルンベルク(エアスター エフツェー ニュルンベルク、1.FC Nürnberg)などがあります。

ドイツ語はこれらの芸術・スポーツなどの豊かな土壌となっている言語です。


ドイツとドイツ語・夢の旅路

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窓の多い建物

ドイツについて語るなら、それなりに尽きないものが多くあると思います。ドイツで最も人気がある都市はどこでしょうか、人それぞれに違いますよね。デュッセルドルフはドイツでは日本人が最も多く住んでいることで知られています。ライン河畔のこの都市は日本との強い関係から「ラインの日本」とも呼ばれています。メディエン港からラインタワー付近のライン川にかかる全長1519mラインクニー橋は壮観なスカイラインを形成しています。デュッセルドルフは乃木坂46の生田絵梨花の生誕地で、幼少を過ごした場所でもあります。

ドイツの旅行の記憶で時々フラッシュバックする光景としてはベルリンが筆頭に来るでしょう。ベルリンには意外と緑が多く、ベルリン・フィルが毎年初夏に行う「ピクニック・コンサート」の会場となる、山の中にある歴史ある円形屋外ステージWaldbühneがあります。反ナチ運動の告白教会の中心的存在であったイエス=キリスト=教会 (ダーレム)があり、クラシック音楽のレコーディングも多く行われていて、カラヤンの往年の名盤となる録音も行われています。かつて東欧から航路でベルリン入りした時は、旧東ドイツのシェーネフェルト空港への到着でした。夕暮れ時に到着した時、西ベルリンに向かうのにバスやタクシーが全くない閑散とした空港に唖然とした覚えがあります。

ドイツの旅で思いがけず目にしたが強く印象に残っている場所には、バルト海に面する北ドイツの港湾都市リューベックがあります。リューベックへ向かうためにハンブルクからコペンハーデン行きの特急に乗り換えたのですが、列車内で聞こえたデンマーク語の独特の響きに旅情を掻き立てられたのを思い出します。リューベックはかつて「ハンザの女王」とも呼ばれていた海運・商業・工業の要衝都市でもあります。

ドイツとオーストリアはドイツ語という共通言語を持ち一体した音楽文化圏を形成しています。なかでもシューベルトは大きな貢献をしています。1000曲以上の作品を残し、わずか31歳と10ヶ月で早逝したことを考えると時代の転換期を一気に駆け抜けた天才と言うことができます。ピアノ曲も数多く、ピアノ・ソナタは全21曲に及びます。孤独と向き合うような内向的な作品が多いですが、奥の深さを感じる珠玉の作品揃いです。ドイツ文学には激動の時代を反映した作品が数多くあります。ゲーテの肩書は詩人、劇作家、小説家、自然科学者(色彩論、形態学、生物学、地質学、自然哲学、汎神論)、政治家、法律家と多彩ですが、間違いなくドイツを代表する文豪です。晩年の大作には『ファウスト 悲劇第二部』(1831年)があります(第一部は1806年に執筆)。『若きウェルテルの悩み』は島崎藤村、尾崎紅葉など日本の文学界にも大きな影響を与えています。

ドイツはサッカーの強豪国でワールドカップでも過去に4回優勝しています。ドイツのブンデスリーガ(連邦リーグ)には、元日本代表キャプテンの長谷部誠が所属していた、1.FCニュルンベルク(エアスター エフツェー ニュルンベルク、1.FC Nürnberg、ドイツ・バイエルン州)などがあります。

ドイツ語はこれらの芸術・スポーツなどの豊かな土壌となっている言語です。


ドイツ語とドイツ文化・浪漫的日常

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ドイツの街並

ドイツと言われたときに、まず思うのはクラシック音楽の大国だということです。ドイツといえば最初に思い浮ぶ都市はどこでしょうか。デュッセルドルフはドイツにおいて日本人の数が最も多い都市です。デュッセルドルフには約6000人の日本人が在留していてヨーロッパではロンドン、パリとともに3大日本人コミュニティを形成しています。ブンデスリーガのサッカーチームには伝統あるチーム、フォルトゥナ・デュッセルドルフがあり、2019年にプロ契約を結んだ日本出身のアペルカンプ真大(あぺるかんぷ・しんた)が在籍しています。デュッセルドルフには看板などが日本語で表記されたスーパマーケット「松竹スーパー」があります。

ドイツで最も印象深い都市としてはハンブルクでしょう。ドイツ第2の都市でもあり、日本とのつながりでは大阪市とは姉妹都市、横浜港とは姉妹港関係にあります。かつて高原直泰も活躍していたフォルクスパルクシュタディオンを本拠地とするサッカーチーム、ハンブルガーSVも有名です。

ドイツでも強烈な印象が残っているのはハンブルクです。8月の夕方、リューベックへ向かう途中で列車を乗り換えたのですが、夕立に会い、ものすごく寒かったことが思い出されます。現地の人は皆レインコート姿なのにも驚きました。

ドイツはクラシック音楽大国としても知られていますが、ブラームスはその中でも人気で、重厚なドイツの響きともいうべき作品を多く作り上げたことで評価が高い作曲家です。「ドイツ・レクイエム」と言う彼の作品があります。宗教的作品はあまり多くありませんが、通常はラテン語のレクイエムをドイツ語の翻訳を歌詞にして書き上げたことにブラームスのドイツ語への愛情を感じます。しかしこの作品、原題は Ein deutsches Requiem で日本語に訳すときは、「ドイツレクエイム」と訳されていますが、ドイツをまるまる背負っているようなものではなく、「ある一つのドイツ語のレクイエム」という控えめな訳し方にしたほうがブラームスの本来の意図に近いような気がします。ドイツ文学には人間の内面を覗き込んだような作品が多いように思います。新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」を展開した中心人物はゲーテです。小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残しています。『ファウスト』は音楽家たちにも影響を与えベルリオーズ、グノー、シューマン、リスト、マーラー、シューベルト等の大作曲家の作品の題材にもなっています。

ドイツにはヨーロッパサッカーの要をなすブンデスリーガがあり、日本人ブンデスリーガーの魁(さきがけ)、奥寺康彦氏の所属していた1FCケルン(2019-20現在シーズン1部14位)などの伝統的チームも数多くあります。

ドイツ語はこれらの芸術・文化社会の礎となっているヨーロッパの代表的言語です。


ドイツ文化とドイツ・紅い稲妻

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ガーデニング

ドイツについて語るなら、それなりに尽きないものが多くあると思います。ドイツというイメージが色濃く感じられる都市はとこでしょうか。ミュンヘンは世界的にも有名な都市です。人口140万人でドイツでは3番目の大都市です。2011年のマーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングによる「世界で最も居住に適した都市」では4位となっています。ホーフブロイハウスもドイツを代表するビアホールとして有名です。

ドイツで最も印象深い都市としてはハンブルクもその一つです。自由ハンザ都市ハンブルク(Freie und Hansestadt Hamburg)という独特の空気を持つ存在であり、国際海洋法裁判所があります。かつて酒井高徳も2015-2019シーズンに在籍していたフォルクスパルクシュタディオンを本拠地とするサッカークラブ、ハンブルガーSVも有名です。

ドイツでの印象的な光景にはハンブルクで目にして体験した出来事があります。8月に鉄道の乗り換えで、滞在時間は短かったのですが、突然の夕立に会い、ものすごく冷え込んだことが思い出されます。街は一気にレインコート姿の人々に溢れ、あたりの急激な様変わりに呆気にとられました。

ドイツとオーストリアはクラシックの大作曲家が多く輩出しています。その代表的存在にシューベルトがいます。1000曲以上の作品を残し、わずか31歳と10ヶ月で早逝したことを考えると時代の転換期を一気に駆け抜けた天才と言うことができます。歌曲集もヴィルへルム・ミュラーという市井の詩人の作品を自ら編纂した、『美しき水車小屋の娘』(Die Schöne Müllerin/1823)と『冬の旅』(Winterreise/1827)の2作品があり、今日の歌曲の歌い手にとっても重要なレパートリーとなっています。ドイツの文学には独自の哲学と美学に裏打ちされた理想主義、英雄主義を追究した作家もいます。ドイツの文豪といえば当時の新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」をゲーテとともに展開したシラーがいます。彼の戯曲第一作『群盗』はシュトゥルム・ウント・ドラング運動の代表作に数えられています。 シラーのの求めた「自由」はドイツ国民の精神生活に大きな影響を与えています。

ドイツはサッカーの強豪国でワールドカップでも過去に4回優勝しています。ドイツのブンデスリーガ(連邦リーグ)には、高原直泰が活躍していたアイントラハト・フランクフルトやハンブルガーSV(Hamburger Sport-Verein)などがあります。

ドイツ語はこうした芸術・スポーツなどのヨーロッパの代表的な言葉です。


ドイツ語を学ぼう

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ローテングルクの街並

ドイツはやはり自分にとっては思い入れが深い特別な国です。ドイツには魅力あふれる小さな都市が多くそれぞれに趣が異なります。ミュンヘンは世界的にも有名な都市です。1972年に夏季オリンピックが開催されたオリンピック・シティとしても知られています。日本との関係では札幌市と姉妹都市になっています。マリエン広場に面して建つミュンヘン新市庁舎は19世紀末から20世紀初頭にかけて建築されたネオゴシック様式の圧巻の美しさを誇る建築物で観光スポットもなっています。

ドイツの都市で今何気なく甦ってくるものを挙げるとすればハンブルクも外せません。エルベ川の支流、アルスター川の河口にある港湾都市で、国際海洋法裁判所があります。ビートルズにとってはハンブルクなくして彼らは生まれなかったといっても良いくらいの重要な意味を持っています。

ドイツの旅の想い出としては、ハンブルクがあります。かつて訪れた8月の夏の時期に真夏の夕立にあい、あたりの景色が一変して、しかも気温が急激に下がったのは予想しない出来事でした。街は一気にレインコート姿の人々に溢れ、あたりの急激な様変わりに呆気にとられました。

ドイツ、オーストリアはクラシック音楽の世界では多くの作曲家が活躍しています。なかでもシューベルトは大きな貢献をしています。シューベルトは初期ロマン派の作曲家という見方をされますが、創作時期にはベートーヴェンの晩年とほぼ重なっていて、様式的にも厳格な古典派の作品が多くなっています。「歌曲王」の冠を戴く彼の作品はゲーテやシラー等の文豪の詩の世界に新たな息吹を与えたものとして、芸術的に高い評価を受けています。ドイツ文学にも世界的な文豪と呼べる作家が揃っています。新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」を展開した中心人物はゲーテです。教養小説の魁としても知られ、『ヴイルヘルム・マイスターの修業時代』(1796)、『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』(1821年)を残しています。ドイツ語文法などを編纂しドイツ近代言語学の祖としても知られる『グリム童話』のグリム兄弟の兄ヤーコプ・グリムが主筆した『ドイツ語辞典』にはゲーテの全作品からの引用がとても多いことが知られています。

ドイツはサッカーの強豪国でワールドカップでも過去に4回優勝しています。ドイツのブンデスリーガ(連邦リーグ)には、ヨーロッパチャンピンを決めるUEFAチャンピオンズリーグを過去に8回制覇したバイエルン・ミュンヘンなどのクラブチームがあります。

ドイツ語はこれらの芸術・文化社会の礎となっている豊かな土壌となっている言語です。


ドイツ語・魅惑の世界 II

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ローテンブルクの街並

ドイツを語らせたらけっこう興味のある話ができると思います。ドイツを旅していると聞き覚えのある都市名に数多く出会います。ベルリンはやはり現代ドイツの中心都市として、東西ドイツの統合の象徴として、過去と未来が複雑に交差する激動の20世紀ヨーロッパの息吹を残している場所でもあります。

ドイツで都市で今でも思い出すことのある場所としてはケルンが思い浮かびます。ドイツの航空会社ルフトハンザドイツの本社があることでも知られ、若杉弘氏が首席指揮者を務めたケルン放送交響楽団などの名門オーケストラもあります。ゴシック様式では世界最大規模の建造物、ケルン大聖堂もそうした思いを増殖させてくれます。

ドイツの旅で出会った印象的な風景にはバルト海にほど近い港町リューベックがあります。リューベックの中央駅から音楽大学へ徒歩で向かう途中に思わず目にした、世界遺産の一部であるホルステン門の光景を思い出します。リューベックは日本の川崎市と1992年に姉妹都市・友好都市関係を締結しています。

ドイツはクラシック音楽の世界では多くの作曲家が歴史的に活躍しています。なかでもベートーヴェンの貢献はとても大きなものがあります。「音楽家=芸術家」であると公言した自身の理念のもと「詩と音楽の融合」を交響曲の分野において成し遂げ、それを証明しています。室内楽の分野でも弦楽四重奏曲等を18曲ほど残しており、現代のストリング・クァルテットの重要なレパートリーとなっています。ドイツ文学にも世界的に影響を与えた文豪と呼べる作家が揃っています。ドイツの文豪といえば当時の新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」をゲーテとともに展開したシラーがいます。シラーの歴史劇『ヴィルヘルム・テル』はロッシーニによってオペラ化(『ウィリアム・テル』)されています。ベートーベンの第九交響曲の第4楽章で引用される「歓喜に寄す」でもよく知られています。

ドイツはワールドカップで優勝を4回するなどのサッカー強豪国としても知られ、日本でも人気のあるブンデスリーガには、2019-20シーズン終了時点で8連覇中のバイエルン・ミュンヘンなどの日本でも有名で人気のあるクラブチームも数多くあります。

ドイツ語はこれらの芸術・文化社会の礎となっているヨーロッパの代表的言語です。


ドイツ文化・青春の思い出

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教会のシルエット

ドイツという国に若いころに魅せられ、これまでにその言語や文化に触れてきました。ドイツというイメージが色濃く感じられる都市はとこでしょうか。ミュンヘンはドイツ南部の経済の中心地です。ベルリン、ハンブルクに次ぐドイツ第三の都市になります。ドイツには4つある日本総領事館のひとつがここにあります。ミュンヘンに本拠を置くバイエルン放送交響楽団もドイツの名門オーケストラとして世界的に知られています。

ドイツで最も印象深い都市としてはケルンが心に残っています。オーデコロン(ケルンの水)の名前の由来となった発祥の地でもあり、オーボエの宮本文昭が在籍していたケルン放送交響楽団の名前もこの地への思いを駆り立ててくれます。ゴシック様式では世界最大規模の建造物、ケルン大聖堂もそうした思いを増殖させてくれます。

ドイツでの印象的な光景にはハンブルクで目にして体験した出来事があります。8月に鉄道の乗り換えで、滞在時間は短かったのですが、真夏の夕立にあい、あたりの景色が一変して、しかも気温が急激に下がったのは予想しない出来事でした。地元の人はだれもがレインコート姿なのに驚きました。

ドイツとオーストリアとともに大きなクラシックの音楽文化圏を形成しています。なかでもベートーヴェンは大きな役割を果たしています。「音楽家=芸術家」であると公言した自身の理念のもと「詩と音楽の融合」を交響曲の分野において成し遂げ、それを証明しています。協奏曲の分野でもピアノ協奏曲5曲、バイオリン協奏曲1曲、バイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲があります。特にそれぞれの第三楽章においての舞曲的なリズムはバラエティに富んでいて、その多彩さには只々感服するばかりです。ドイツ文学には独特な世界観を持つ作家たちもいます。ドイツ文学における古典主義時代を築いたのは文豪ゲーテです。晩年の大作には『ファウスト 悲劇第二部』(1831年)があります(第一部は1806年に執筆)。ドイツ語文法などを編纂しドイツ近代言語学の祖としても知られる『グリム童話』のグリム兄弟の兄ヤーコプ・グリムが主筆した『ドイツ語辞典』にはゲーテの全作品からの引用がとても多いことが知られています。

ドイツはW杯で優勝4回のサッカー強豪国としても知られ、世界最強ともいわれるブンデスリーガには、高原直泰が活躍していたアイントラハト・フランクフルトやハンブルガーSV(Hamburger Sport-Verein)などがあります。

ドイツ語はこうした文化・芸術などを生み出したヨーロッパの代表的な言葉です。