ドイツ語・ドイツ語圏文化あれこれ

ドイツとドイツ語・郷愁の日々

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クリスマスの時期の建物

ドイツとはこれまでに様々な関わりを持ってきたと言えると思います。ドイツを旅していると聞き覚えのある都市名に数多く出会います。デュッセルドルフには日本の企業が多く進出しています。ドイツには日本総領事館が4つあり、そのうちの1つがデュッセルドルフにあります。ブンデスリーガのサッカーチームには伝統あるチーム、フォルトゥナ・デュッセルドルフがあり、父親の仕事の関係でドイツで生活する日本出身のアペルカンプ・真大・カール(あぺるかんぷ・しんた・かーる)が2019年にプロ契約を結んで在籍しています。デュッセルドルフはかつてナポレオンによって設けられたベルク大公国の首都だった場所でもあります。

ドイツの都市で感慨深い場所としてはハンブルクもその一つです。ドイツ第2の都市でもあり、運河にかかる多くの橋があり幻想的な景観も特色となっています。ビートルズ縁の場所としても知られ、その雰囲気は感慨深いものがありました。

ドイツの旅の記憶として思い浮かぶのは、ベルリンのブランデンブルク門が印象深いです。壁の崩壊の直前と直後に訪れたので、リアルな出来事として感慨深いものがあります。

ドイツとオーストリアはクラシックの大作曲家が多く輩出しています。なかでもシューベルトは大きな貢献をしています。1000曲以上の作品を残し、わずか31歳と10ヶ月で早逝したことを考えると時代の転換期を一気に駆け抜けた天才と言うことができます。歌曲集もヴィルへルム・ミュラーという市井の詩人の作品を自ら編纂した、『美しき水車小屋の娘』(Die Schöne Müllerin/1823)と『冬の旅』(Winterreise/1827)の2作品があり、今日の歌曲の歌い手にとっても重要なレパートリーとなっています。ドイツ文学にも世界的に影響を与えた文豪と呼べる作家が揃っています。ドイツ文学における古典主義時代をゲーテとともに築いたのはシラーです。シラーの戯曲『『オルレアンの少女』はチャイコフスキーによって後にオペラ作品となっています。横浜みなとみらい駅の地上に上がる長いエスカレーターから見える黒い壁にシラーの詩が刻まれています。

ドイツはサッカーの強豪国でワールドカップでも過去に4回優勝、ドイツの国内リーグ、ブンデスリーガ(連邦リーグ)には、1967-68に1部リーグで優勝したバイエルン州に本拠を置く、1.FCニュルンベルク(エアスター エフツェー ニュルンベルク、1.FC Nürnberg)などがあります。

ドイツ語はこれらの芸術・文化社会の礎となっている豊かな土壌となっている言語です。


ドイツ語とドイツ文化・情熱の旅路 II

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ローテングルクの街並

ドイツでは旅の想い出など、語り尽くせないものがけっこうあります。ドイツの地方都市はどこも魅力があり、歴史的に意義深い場所が数多くあります。ミュンヘンはドイツを代表する世界都市の1つです。バイエルン州の州都で同州最大の都市です。2011年のマーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングによる「世界で最も居住に適した都市」では4位となっています。ミュンヘンに本拠を置くバイエルン放送交響楽団もドイツの名門オーケストラとして世界的に知られています。

ドイツの都市で今何気なく甦ってくるものを挙げるとすればハンブルクが心に残っています。ハンブルクは都市州(特別州)でもあり、大作曲家ヨハネス・ブラームスやフェリックス・メンデルスゾーンの生誕の地としても知られています。ナイトクラブが並ぶ歓楽街レーパーバーンもある意味で有名です。

ドイツ旅行の貴重な体験としてはベルリンのブランデンブルク門が心に残っています。ブランデンブルクという響きはブランデンブルク卿、ブランデんブルク州、ブランデンブルク協奏曲などとも結びつき心地よいものがありました。東西分断の象徴でもあった「ベルリンの壁」崩壊の直前と直後に訪れたので、リアルな歴史上の出来事を目の当たりにしたようで感慨深いものがありました。

ドイツはクラシックの大作曲家を多く輩出しています。その代表的存在にベートーヴェンがいます。古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされ、後世の音楽家たちに大きな影響を与えています。室内楽の分野でも弦楽四重奏曲等を18曲ほど残しており、現代のストリング・クァルテットの重要なレパートリーとなっています。ドイツ文学にも世界的な文豪と呼べる作家が揃っています。トーマス・マンは『ヴェニスに死す』『トーニオ・クレーガー』『魔の山』などの代表作で知られ、これらの作品を発表後、1929年にノーベル文学賞を受賞しました。

ドイツはW杯で優勝4回のサッカー強豪国としても知られ、世界最強ともいわれるブンデスリーガには、高原直泰が活躍していたアイントラハト・フランクフルトやハンブルガーSV(Hamburger Sport-Verein)などがあります。

ドイツ語はこれらの文化・芸術などを生み出した豊かな土壌となっている言語です。


ドイツ文化とドイツ・苦楽の極相

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夕陽と青空のグラデーション

ドイツとはこれまでに様々な関わりを持ってきたと言えると思います。ドイツはもともと地方分権国家で特色ある小都市が数多くあります。ミュンヘンは南ドイツを代表する都市です。ベルリン、ハンブルクに次ぐドイツ第三の都市になります。有名な自動車メーカーBMW(Bayerischer Motorwek、英語だと Barbarian Motor Works)の本拠地でもあります。またビール好きにはオクトーバーフェストなどが有名で魅力のある土地です。

ドイツでの記憶の断片から蘇る場所としてはベルリンが筆頭に来るでしょう。ベルリンには意外と緑が多く、ベルリン・フィルが毎年初夏に行う「ピクニック・コンサート」の会場となる、山の中にある歴史ある円形屋外ステージWaldbühneがあります。ベルリンのメインストリート、クーダムは全長3.5kmにもおよび通りの両側には老舗デパート、高級ブティック、専門店、レストランなどが並んでいて高級感が漂い日本の銀座のような雰囲気が漂っています。かつて東西分裂時代、ベルリンの中央駅は旧東ドイツの鉄道と旧西ドイツの連邦鉄道が混在していました。ユーレイルパスを有効化するのに、間違って東の窓口の大行列に並んだところ、やっと回ってきた順番で女性駅員に「なにこれ?ここじゃないでしょ」と言われ突っ返されたことがありました。場所を聞いたところヒステリックに「知らないわよ」と言われ、やっとのことで見つけた西の窓口は全く雰囲気が違い、混んでもいなくとても丁寧な対応を受けたことがありました。社会主義と民主主義のサービスの違いをわずかの時間で体現できた貴重な体験だったかもしれません。

ドイツで貴重な体験をしたと感じるのはハンブルクでのことです。8月の夕刻、インターシティ(特急列車)でハンブルクに到着したのですが、霧が立つような夕立にあい、真夏なのにものすごく寒い思いをしたことがあります。地元の人はだれもがレインコート姿なのに驚きました。

ドイツはクラシックの大作曲家を多く輩出しています。なかでもベートーヴェンの存在はとても大きなものがあります。それまでの古典派の音楽を形式美から激しい感情の起伏を加え新たな表現芸術へと進化させました。協奏曲の分野でもピアノ協奏曲5曲、バイオリン協奏曲1曲、バイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲があります。特にそれぞれの第三楽章においての舞曲的なリズムはバラエティに富んでいて、その多彩さには只々感服するばかりです。ドイツ文学には独特な世界観で自由を追究した作家たちもいます。フリードリッヒ・フォン・シラーはゲーテと並ぶドイツ古典主義(Weimarer Klassik)の代表者です。彼の戯曲第一作『群盗』はシュトゥルム・ウント・ドラング運動の代表作に数えられています。 ベートーベンの第九交響曲の第4楽章で引用される「歓喜に寄す」でもよく知られています。

ドイツはFIFAワールドカップで過去に4回優勝するなどサッカー強豪国としても知られ、世界最強とも謳われるブンデスリーガには、香川真司が2010ー2012年シーズンまで在籍していた、ボルシア・ドルトムント BVボルシア09 e.V. ドルトムント(Ballspielverein Borussia 09 e.V. Dortmund)BVBなどがあります。

ドイツ語はこうした芸術・スポーツなどのみのり豊かな文化の言葉です。


ドイツ・明日への旅路

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窓のある壁

ドイツというと小さいころからの印象は、西ドイツと東ドイツという2つに分割された国ということが特に強かったです。ドイツの地方都市はどこも魅力があり、歴史的に意義深い場所が数多くあります。ベルリンはやはり現代ドイツの中心都市として、東西ドイツの統合の象徴として、歴史の重みと新たな未来が融合する激動の20世紀ヨーロッパの記憶を留めている場所です。

これまで訪れたドイツの街々でいまでも心の中にあるものとしてケルンも気になります。サッカーのブンデスリーガ初代王者チーム、1FCケルンの本拠地であり、若杉弘氏が首席指揮者を務めたケルン放送交響楽団などの名門オーケストラもあります。4世紀に建立され、激動の歴史のなかで2度の焼失後、600年をかけて完成した3代目となるケルン大聖堂も歴史の重みを感じさせてくれます。

ドイツの風景といえばベルリンのブランデンブルク門が記憶に残っています。ブランデンブルクという名称はバッハの「ブランデンブルク協奏曲」とも結びつき親しみのある名前でもありました。東西ドイツ再統一の直前と直後に訪れ、その風景の劇的な変化に、歴史の大きな転換を目の当たりにした思いになりました。

ドイツとオーストリアはドイツ語という共通言語を持ち一体した音楽文化圏を形成しています。作曲家でいえばシューベルトもその大家の一人です。市民社会の作曲家として活動し、生前は貧困に苦しみ、その作品も世に出ることは殆どありませんでした。歌曲集もヴィルへルム・ミュラーという市井の詩人の作品を自ら編纂した、『美しき水車小屋の娘』(Die Schöne Müllerin/1823)と『冬の旅』(Winterreise/1827)の2作品があり、今日の歌曲の歌い手にとっても重要なレパートリーとなっています。ドイツ文学には独特な世界観で自由を追究した作家たちもいます。ドイツ文学における古典主義時代をゲーテとともに築いたのはシラーです。彼の戯曲第一作『群盗』はシュトゥルム・ウント・ドラング運動の代表作に数えられています。 ベートーベンの第九交響曲の第4楽章で引用される「歓喜に寄す」でもよく知られています。

ドイツはワールドカップで優勝を4回するなどのサッカー強豪国としても知られ、日本でも人気のあるブンデスリーガには、香川真司が2010ー2012年シーズンまで在籍していた、ボルシア・ドルトムント BVボルシア09 e.V. ドルトムント(Ballspielverein Borussia 09 e.V. Dortmund)BVBなどがあります。

ドイツ語はこれらの文化・芸術などを生み出したヨーロッパの代表的言語です。


ドイツ語・伝統と革新

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夕陽と青空のグラデーション

ドイツという国にはわりと親近感を覚えることも多いように思います。ドイツの都市名を思いつくままに並べると相当な数になるのではないでしょうか。ミュンヘンはドイツを代表する世界都市の1つです。1972年に夏季オリンピックが開催されたオリンピック・シティとしても知られています。2011年のマーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングによる「世界で最も居住に適した都市」では4位となっています。ミュンヘンに本拠を置くバイエルン放送交響楽団もドイツの名門オーケストラとして世界的に知られています。

ドイツで思い出す場所として記憶にあるものとしてはやはりベルリンですね。ベルリンには世界屈指のオーケストラ、ベルリン・フィルをはじめ、旧東西放送交響楽団が合併して誕生したベルリンドイツ響など数多くのオーケストラがあります。ベルリンにはシュプレー川の中州を利用した博物館島があり、旧博物館 (Altes Museum)、新博物館 (Neues Museum)、旧国立美術館 (旧ナショナルギャラリー、Alte National Gallerie)、ボーデ博物館 (Bode Museum)、ペルガモン博物館 (Pergamon Museum)の5つの美術館および博物館が集まっていて、ユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されています。 かつて東西分裂時代、ベルリンの中央駅は旧東ドイツの鉄道と旧西ドイツの連邦鉄道が混在していました。ユーレイルパスを有効化するのに、間違って東の窓口の大行列に並んだところ、やっと回ってきた順番で女性駅員に「なにこれ?ここじゃないでしょ」と言われ突っ返されたことがありました。場所を聞いたところヒステリックに「知らないわよ」と言われ、やっとのことで見つけた西の窓口は全く雰囲気が違い、混んでもいなくとても丁寧な対応を受けたことがありました。社会主義と民主主義のサービスの違いをわずかの時間で体現できた貴重な体験だったかもしれません。

ドイツの旅の想い出としてはベルリンのブランデンブルク門が心に残っています。ブランデンブルクという名称はバッハの「ブランデンブルク協奏曲」とも結びつき親しみのある名前でもありました。最初に訪れた時は東西統一直前の1989年、二度目は統一直後の1990年で景色の大きな変化に驚きました。

ドイツ語を母国語とするオーストリアもドイツ同様、クラシック音楽の大国です。作曲家でいえばシューベルトもその大家の一人です。世代的にはロマン派の作曲家の枠に入れられていますが、その音楽作品はウィーン古典派の色彩が強くなっています。歌曲集もヴィルへルム・ミュラーという市井の詩人の作品を自ら編纂した、『美しき水車小屋の娘』(Die Schöne Müllerin/1823)と『冬の旅』(Winterreise/1827)の2作品があり、今日の歌曲の歌い手にとっても重要なレパートリーとなっています。ドイツ文学には人間性を深く掘り下げた作品が多いように思われます。ドイツの文豪と言えばゲーテです。哲学的な彼の作品は小説だけでなく詩歌にも重要な作品を数多く残しています。

サッカーでも日独の結びつきは強く、「日本サッカーの父」と呼ばれるドイツ人コーチ、デットマール・クラマーの功績も忘れられません。ドイツのブンデスリーガには、日本代表の鎌田 大地が2017年7月から在籍する、ヘッセン州・フランクフルトに本拠地を置く強豪、アイントラハト・フランクフルトなどのチームがあります。

ドイツ語はこうした芸術・スポーツなどのヨーロッパの代表的な言葉です。


ドイツ文化・忍耐と情熱

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ミュンヘン・マリエン広場

ドイツには早くから興味を持ち、仕事でも深く関わった時期もあります。ドイツといえば一番強く思い出される都市はどこでしょうか。ベルリンはやはりドイツ最大の都市として、新生ドイツ連邦共和国の首都として、伝統の尊重と革新の許容が混在する激動の20世紀ヨーロッパの記憶を留めている場所です。

ドイツの都市で感慨深い場所としてはベルリンが筆頭に来るでしょう。ベルリンには意外と緑が多く、ベルリン・フィルが毎年初夏に行う「ピクニック・コンサート」の会場となる、山の中にある歴史ある円形屋外ステージWaldbühneがあります。ベルリンにはシュプレー川の中州を利用した博物館島があり、旧博物館 (Altes Museum)、新博物館 (Neues Museum)、旧国立美術館 (旧ナショナルギャラリー、Alte National Gallerie)、ボーデ博物館 (Bode Museum)、ペルガモン博物館 (Pergamon Museum)の5つの美術館および博物館が集まっていて、ユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されています。 音楽家など仕事でのつながりも深く、日本人も留学生や現地駐在員、ガイドなど多く見かけますが、何よりもヨーロッパの前衛芸術の先端を走る代表格ー的な存在としても刺激的な場所となっています。

ドイツ旅行の貴重な体験としてはベルリンのブランデンブルク門が記憶に刻まれています。ブランデンブルクという響きはブランデンブルク卿、ブランデんブルク州、ブランデンブルク協奏曲などとも結びつき心地よいものがありました。東西分断の象徴でもあった「ベルリンの壁」崩壊の直前と直後に訪れたので、リアルな歴史上の出来事を目の当たりにしたようで感慨深いものがありました。

ドイツはクラシック音楽の世界では多くの作曲家が歴史的に活躍しています。なかでもベートーヴェンの貢献はとても大きなものがあります。古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされ、後世の音楽家たちに大きな影響を与えています。ヴァイオリンとピアノのソナタの分野では、それまでのヴァイオリン・ソナタのピアノの伴奏楽器的な役割から、バイオリンと同等の位置にまで引き上げ、2つの楽器の掛け合いをさせることにより、二重ソナタという形に発展させました。ドイツ文学には激動の時代を反映した作品が数多くあります。ドイツの文豪と言えばゲーテと並んでシラーの名前が挙げられます。ヴェルディの『ドン・カルロス』はシラーの戯曲をオペラ化したものです。横浜みなとみらい駅の地上に上がる長いエスカレーターから見える黒い壁にシラーの詩が刻まれています。

サッカー強豪国であるドイツのプロリーグ(ブンデスリーガ)には、南ドイツの旧バイエルン王国、現在のバイエルン州の強豪、バイエルン・ミュンヘンなどの伝統的チームも数多くあります。

ドイツ語はこれらの芸術・スポーツなどのヨーロッパの代表的言語です。


ドイツとドイツ語・奥深い森

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夕陽と青空のグラデーション

ドイツについて語るなら、様々な思い入れがとても多くあります。ドイツの代表的な都市として挙げられるのはどこでしょうか。ベルリンはやはり現代ドイツの中心都市として、東西ドイツの統合の象徴として、歴史の重みと未来への期待が均衡を保つ激動の20世紀ヨーロッパの遺産を残している場所です。

ドイツの都市で今何気なく甦ってくるものを挙げるとすればやはりベルリンですね。ベルリンには世界最大級の動物園があります。ここのパンダも有名で、2019年8月31日には双子のパンダ夢想(Meng Xiang)と夢円(Meng Yuan)が生まれています。ベルリンのメインストリート、クーダムは全長3.5kmにもおよび通りの両側には老舗デパート、高級ブティック、専門店、レストランなどが並んでいて高級感が漂い日本の銀座のような雰囲気が漂っています。ベルリンではホテルハンブルクというわりとリーズナブルなところに泊まることが何度かありましたが、そこの朝食で出されるコーヒーはものすごく濃くて、ブラック派の自分にはとても飲めた代物ではなかったのですが、テーブルにあったクリームを入れて飲んだところ、これが絶品の味に変わり、わけが分からず納得した覚えがあります。

ドイツの旅の忘れがたい光景としては、バルト海に面する北ドイツの港湾都市リューベックがあります。リューベックへ向かうためにハンブルクからコペンハーデン行きの特急に乗り換えたのですが、列車内で聞こえたデンマーク語の独特の響きに旅情を掻き立てられたのを思い出します。リューベックは日本の川崎市と1992年に姉妹都市・友好都市関係を締結しています。

ドイツとオーストリアはクラシックの大作曲家が多く輩出しています。なかでもシューベルトは大きな貢献をしています。26歳年上のベートーベンに傾倒し古典派からロマン派への転換期の時代を生きています。ベートーヴェンが56歳で亡くなってから、わずか1年後にその後を追うようにして31歳の若さで早逝しています。「歌曲王」の冠を戴く彼の作品はゲーテやシラー等の文豪の詩の世界に新たな息吹を与えたものとして、芸術的に高い評価を受けています。ドイツ文学には人間の内面を覗き込んだような作品が多いように思います。新しい文学運動「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」を展開した中心人物はゲーテです。彼の代表作はなんといっても『若きウェルテルの悩み』(1774)で日本でもよく知られています。『若きウェルテルの悩み』は島崎藤村、尾崎紅葉など日本の文学界にも大きな影響を与えています。

サッカーでも日独の結びつきは強く、「日本サッカーの父」と呼ばれるドイツ人コーチ、デットマール・クラマーの功績も忘れられません。ドイツのブンデスリーガには、日本代表の遠藤渓太が 2020.7より所属する、ドイツの首都ベルリンを本拠地とする1. FCウニオン・ベルリン( 1. FC Union Berlin/2000年に2部リーグに昇格)など旧東ドイツリーグのチームもあります。

ドイツ語はこれらの芸術・スポーツなどの豊かな土壌となっている言語です。


ドイツ語とドイツ文化・哀愁の思い出

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教会のシルエット

ドイツという国はどういう国か、たまに不思議に思うこともあります。ドイツで驚かされるのは地方都市の文化が独自であることです。ミュンヘンはドイツを代表する世界都市の1つです。1972年に夏季オリンピックが開催されたオリンピック・シティとしても知られています。政治的にはバイエルン州のみで活動するCSU(キリスト教社会同盟)の本部があり、がバイエルン以外で全国展開する連邦議会与党第一党のCDU(キリスト教民主同盟)と統一会派をなしています。マリエン広場に面して建つミュンヘン新市庁舎は19世紀末から20世紀初頭にかけて建築されたネオゴシック様式の圧巻の美しさを誇る建築物で観光スポットもなっています。

ドイツで都市で今でも思い出すことのある場所としてはケルンも気になります。オーデコロン(ケルンの水)の名前の由来となった発祥の地でもあり、キース・ジャレットの「ザ・ケルン・コンサート」のスピリチュアルな空気感を連想させる地名でもあります。世界文化遺産で世界最大のゴシック建築ケルン大聖堂もそうした思いを掻き立ててくれます。

ドイツの風景といえばベルリンのブランデンブルク門が記憶に刻まれています。その姿はドイツを代表する観光アイコンとしてもよく目にすることがありました。最初に訪れた時は東西統一直前の1989年、二度目は統一直後の1990年で景色の大きな変化に驚きました。

ドイツとオーストリアとともに大きなクラシックの音楽文化圏を形成しています。なかでもベートーヴェンの貢献はとても大きなものがあります。それまでの古典派の音楽を形式美から激しい感情の起伏を加え新たな表現芸術へと進化させました。室内楽の分野でも弦楽四重奏曲等を18曲ほど残しており、現代のストリング・クァルテットの重要なレパートリーとなっています。ドイツ文学には激動の時代を反映した作品が数多くあります。フリードリッヒ・フォン・シラーはゲーテと並ぶドイツ古典主義(Weimarer Klassik)の代表者です。シラーの戯曲『『オルレアンの少女』はチャイコフスキーによって後にオペラ作品となっています。ベートーベンの第九交響曲の第4楽章で引用される「歓喜に寄す」でもよく知られています。

ドイツはFIFAワールドカップで過去に4回優勝するなどサッカー強豪国としても知られ、世界最強とも謳われるブンデスリーガには、2019-20シーズン終了時点で8連覇中のバイエルン・ミュンヘンなどの日本でも有名で人気のあるクラブチームも数多くあります。

ドイツ語はこうした芸術・スポーツなどのみのり豊かな文化の言葉です。


ドイツ文化とドイツ・遥かなる想い II

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ニュルンベルク聖ローレンツ教会

ドイツでは旅の想い出など、語り尽くせないものがけっこうあります。ドイツの代表的な都市として挙げられるのはどこでしょうか。デュッセルドルフはドイツでもっとも日本の企業が多い都市です。ライン河畔のこの都市は日本との強い関係から「ラインの日本」とも呼ばれています。ブンデスリーガのサッカーチームには優勝経験もある、フォルトゥナ・デュッセルドルフがあり、日本出身だが父親の仕事の関係でドイツに渡り、下部組織から2019年にプロ契約を結んだアペルカンプ真大(しんた)が在籍しています。デュッセルドルフはロベルト・シューマンが晩年(1850-1854年)を過ごし、チェロ協奏曲やライン交響曲(交響曲第3番)などの大作を生み出す創作意欲を駆り立てた場所でもあります。

ドイツの都市で感慨深い場所としてはハンブルクがあります。エルベ川の支流、アルスター川の河口にある港湾都市で、運河にかかる多くの橋があり幻想的な景観も特色となっています。かつてNHKのラジオ講座応用編で題材となった「ハンブルクの影」という推理ドラマの舞台にもなった場所です。

訪れたドイツの場所ではベルリンのブランデンブルク門には特別な思いがあります。ブランデンブルクという響きはブランデンブルク卿、ブランデんブルク州、ブランデンブルク協奏曲などとも結びつき心地よいものがありました。最初に訪れた時は東西統一直前の1989年、二度目は統一直後の1990年で景色の大きな変化に驚きました。

ドイツとオーストリアとともに大きなクラシックの音楽文化圏を形成しています。なかでもベートーヴェンの存在はとても大きなものがあります。古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされ、後世の音楽家たちに大きな影響を与えています。ベートーベンは九曲の交響曲で様々なリズムを多用た感情表現で、古典派からロマン派への橋渡しをした役割は非常に大きいものがあります。ドイツ文学の世界は地味だが奥深い作品に溢れています。ゲーテの肩書は詩人、劇作家、小説家、自然科学者(色彩論、形態学、生物学、地質学、自然哲学、汎神論)、政治家、法律家と多彩ですが、間違いなくドイツを代表する文豪です。小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残しています。ドイツ語文法などを編纂しドイツ近代言語学の祖としても知られる『グリム童話』のグリム兄弟の兄ヤーコプ・グリムが主筆した『ドイツ語辞典』にはゲーテの全作品からの引用がとても多いことが知られています。

ドイツはFIFAワールドカップで過去に4回優勝するなどサッカー強豪国としても知られ、世界最強とも謳われるブンデスリーガには、内田篤人がかつて所属していたゲルゼンキルヒェンに本拠を置き、強豪チームとして知られているシャルケ04(Schalke 04)などがあります。

ドイツ語はこれらの芸術・スポーツなどのヨーロッパの代表的言語です。


簡単なドイツ

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ローテングルクの街並

ドイツを意識したのは、やはりクラッシック音楽がきっかけだったように記憶しています。ドイツの地方都市はどこも魅力があり、歴史的に意義深い場所が数多くあります。ミュンヘンは南ドイツを代表する都市です。人口140万人でドイツでは3番目の大都市です。日本との関係では札幌市と姉妹都市になっています。ミュンヘンに本拠を置くバイエルン放送交響楽団もドイツの名門オーケストラとして世界的に知られています。

これまで訪れたドイツの街々でいまでも心の中にあるものとしてケルンも気になります。ドイツの航空会社ルフトハンザドイツの本社があることでも知られ、キース・ジャレットの「ザ・ケルン・コンサート」のスピリチュアルな空気感を連想させる地名でもあります。世界文化遺産で世界最大のゴシック建築ケルン大聖堂もそうした思いを掻き立ててくれます。

ドイツの旅の想い出としては、南ドイツから北へ走る鉄道沿いにあるロマンティック街道に点在する中世からの城の数々です。その光景はまさに信じられないほどロマンティックでした。

ドイツはクラシック音楽の大国です。なかでもベートーヴェンは大きな役割を果たしています。古典派の初期の伝統を受け継ぎ、新たな表現を求めるロマン派への橋渡し役として音楽史的にも重要な位置にいます。室内楽の分野でも弦楽四重奏曲等を18曲ほど残しており、現代のストリング・クァルテットの重要なレパートリーとなっています。ドイツ文学には人間性を深く掘り下げた作品が多いように思われます。ゲーテと並ぶ疾風怒濤時代の文豪シラーはベートーベンの第九交響曲の「歓喜に寄す」でよく知られています。

ドイツはW杯優勝4回のサッカー大国としても知られ、世界最強を誇るブンデスリーガには、日本代表の大迫勇也が2018年7月から所属する ヴェルダー・ブレーメンなどのチームがあります。

ドイツ語はこれらの芸術・スポーツなどの豊かな土壌となっている言語です。